マムシ流 つれづれ草 第12回

【語り継がれた物事を、また、語り継いでいくことが大切だ!】

老若男女諸君! 達者かい?
 来週からは、もう夏至だぞ。浮かない夏も3年目を迎えたけど、たまにはマスクを外して思い切り深呼吸をしてみようぜ。そして、不安定な暑さと湿気のなかだから、体調にはくれぐれも気を遣ってくれよ。
 前回の『ミュージックプレゼント』では、赤坂、TBS近くの老舗和菓子屋『松月』さんにお邪魔したよ。大正6年創業だ。以前、一ツ木通りにあったお店は今、浄土寺の境内にあるんだよ。江戸時代の戯作者、柳亭種彦のお墓があったお寺だ。今は品川区荏原の浄土寺に移築されたらしいんだけどね。
 『松月』さんは、豆大福、わらび餅、みたらし団子、お赤飯・・・、みんな美味しくてな。久しぶりに懐かしい場所を訪れて、この日は、今、お店を切り盛りする息子夫婦とフェイストゥフェイスの語り合いができて嬉しかったな。これがMPの醍醐味だよな。
 先代のおかみさんとはよくいろんな話をしたよ。4年前に89歳で亡くなったんだけどね。
 昭和4年生まれで、近所で起こった陸軍将校によるクーデター、二・二六事件を覚えているって言ってたな。二・二六事件といえば、オレがこの3月に生まれた昭和11年の出来事だよ。昔『ミュージックプレゼント』といえば、ジジイババア諸君がいろんなことを教えてくれた。大東亜戦争どころか、日露戦争を知っているジジイなんていたからな。
 貴重な話を直接体験した本人から、つぶさに聞くことができたのは、今でもすごく財産になっているよ。こういうのを『オーラルヒストリー』、口述歴史というんだよ。大きな俯瞰した教科書の歴史ではなく、生活の中で体感した虫の目の歴史だな。

 先日の『GG放談』には、ゲストにさだまさしさんが来てくれた。オレたち二人のジジイの話を聞きたいということで、いろんな話をしたよ。
 まさしちゃんは、親父さんが、宮崎康平さんという、『まぼろしの邪馬台国』で有名な古代歴史学者と懇意で、その関係で永六輔さんを紹介されたんだ。永さんはまさしちゃんが歌手ではなく噺家になりたい青年だと勘違いしていたらしいよ、ハハハ。
 その後の大活躍はご存じのとおりだけど、まさしちゃんは國學院大学では落研にいたっていうじゃないか。落語の話になり、談志の話になり、あちこちへ話が転がったよ。 
 文楽さんと圓生さんのサインをせしめたって言ってたな。オレや悠里ちゃんは直接、落語家の大師匠の数々を直接見てきたし、野球で言ったら川上、青田、千葉さんの頃を知ってるし、そんな昔のエピソードをいろいろ話をしたら、まさしちゃん喜んでたよ。
 まさしちゃんは、先日、『孤悲』というアルバムを出した。この『孤悲』というのは、万葉集に出てくる言葉だ。今の『恋』に通じる言葉だよ。じっと孤独で待つ、切なさ、悲しみというのも恋だということだ。深みのある艶っぽい言葉だろ。今のウクライナについてつづった『キーウから遠く離れて』という曲もじーんとくるぞ。ぜひ買って聴いてくれ!

 6月1日、そして今日15日の『マムちゃんねる』には、DJの赤坂泰彦が登場だ。密かに、じゃなくて、はっきりとオレの後継を狙っていると公言する、押しも押されもせぬ大人気DJだ、ハハハ。
 赤坂とは『ラジオ道」について語ったぞ。彼はリスナーとの絆を大切にして、その距離感を絶妙にとりながら、話術で引きつけているよね。彼は東京・府中の出身だから、子どもの頃からオレのラジオをいつも聴いてくれていたみたいなんだ。だから、オレのベシャリのマネが、オレよりうめえんだよ、ハハハ。
 でもこうやって、オレを慕ってくれて、しかもその道を引き継いでくれるという奴がいるのは、オレにとってもすごく励みになるね。
 だから、老若男女諸君! 先人から語り継がれた話は、ぜひ、後進に語り継いでいって欲しいな。いつも言う戦争についての話もそうだけど、時代の証言者として、見聞きした文化や人物、風俗・・・をつぶさに伝えていくことはとても大切なことだよ。
 オレは、100歳を過ぎても語り継いでいくからな。
 だから、赤マムシ、そう簡単にはオレの後継者にはなれねぇぞ、ハハハ。


(構成・伊波達也)

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