マムシ流 つれづれ草 第45回

【年齢、歴史を超越して、新たな挑戦へGO!GO!】

 老若男女諸君! 1週間くらい前まで、残暑がウロウロしていると思ったら、あっという間に初秋どころか晩秋のような陽気になってきたな。おいおい、秋よ慌てるなよ。
 もう少し、日本らしい秋をゆっくりと味わわせて欲しいもんだよな。
 それで思い出したんだが、オレが『ミュージックプレゼント』を始めた第一回目の時は、こんな風に寒さを感じる陽気で、タートルネックのセーターを着ていたんだよ。
 それが、1969年の10月6日だ。そう、奇しくも、その54年後の10月6日に、今度、『ミュージックプレゼント』が引っ越す、『金曜ワイドラジオTOKYO『えんがわ』』での第一回目の放送だったんだよ。第一回目の10月6日はスタジオにお邪魔した。10月の『ミュージックプレゼント』は変則で20日(金)の16時にやるんだけど、11月以降は、最終金曜日の16時からの放送になるから楽しみにしていてくれ。
 この日は、『ラジオTOKYOリメイク』というコーナで、1980年代に放送していた『毒蝮三太夫の土曜ワイド商売繁盛』の特集だったんだ。オレが外中継じゃなくてスタジオで番組を回してた放送だ。名物中継コーナの『おめでとう結婚記念日』というのを流してもらった。アシスタントは菅原牧子アナウンサー。リポートは講談師の神田陽子ちゃんだ。懐かしいねぇ。オレの声が若けぇんだよ、ハハハ。
 この時、『ミュージックプレゼント』が始まった頃のオレの手帳を持参していったんだが、そこに書かれた、当時のオレのスケジュールやプライベートについての克明な記述に玉袋も惠理びっくりしてたぜ。
 それにしても、当時、ラジオを始めた頃は、仕事が少なかったと記憶していたんだが、あらためて当時のスケジュールを見ると、テレビの収録やイベントの司会などが、びっしり入っていてびっくりしたよ。シャカリキに働いていたんだな。
 あれから満54年。そしてこの日から55年目に突入した。GO!GO! だよ、ハハハ。
 87歳というオレの年齢と歴史を超越して、今日からまた新たなことにいろいろチャレンジしていこうという気になってきた。ひとまず、10月の後半以降もいろんなスケジュールが入っているらしいんだ。聖徳大学の今年の講義もスタートするしな。
 まぁ、オレ流に、健康に留意しながら、大いに楽しんで仕事をするよ。見ててくれ!

 10月14日には、埼玉県の上里町総合文化センター(ワープ上里)、『毒蝮三太夫講演会〜まむし流こころとからだの健康法〜』でしゃべってきたぜ。5年前にもお邪魔したんだけど、なんだかその時の評判がよかったようで、アンコールでの講演だったんだよ。
 いつもだいたいは、このタイトルでしゃべるんだけど、もちろん中身は常に違うぜ。その土地、そこに生きている人々の話、そして、タイムリーな話題をいろいろアレンジしてしゃべるっていうのが、オレの知性と教養の証だけど、上里ではさらにそれが強く発揮されてたのかな、ハハハ。
 コロナ禍以降、ラジオの中継同様に、ジジイババアを佃煮みてぇに集めてしゃべるのは難しかったけど、徐々にまたできるようになるといいよな。なんてったってフェイストゥフェイスのふれあいが一番だからな。
 
 10月15日の『マムちゃんねる』は、引き続き、宮藤官九郎ちゃんの登場だ!
 まぁ、いろんなマニアックな話で盛り上がっているから楽しんでくれ!
 そして、17日には『徹子の部屋』に出演するぞ。徹子さんとはもう幾度となく話しているし、いろんなエピソードがあるけど、今回はどんな話が飛び出すかな。ネタバレしないから、これも楽しんでくれ! そうそう、『徹子の部屋』の楽屋にいたら、たまたま撮影で来ていた、俳優の内藤剛志さんが来てくれたんだ。テレビ朝日では『科捜研の女』「警視庁捜査一課長」などで素晴らしい演技をしている、押しも押されもせぬ素晴らしい役者さんだよね。話をしていたら、なんと、日大芸術学部映画学科で学んだっていうんだよ。なんだよ、オレの直の後輩じゃねぇか。ということで話が弾んだよ。これからもますます活躍していただきたいし、機会があれば、今度、『マムちゃんねる』ででも、ゆっくり話がしてぇなぁ、ハハハ。


 

 

 

 

(構成・伊波達也)

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