マムシ流 つれづれ草 第110回

【1年の折り返し。いろんなことに思いを馳せ、心機一転がんばろう!】

 老若男女諸君! 今年ももう折り返しだな。早ぇ〜な。二十四節気では夏至。梅雨明けは来週あたりという報道もあるな。暑い夏に備えて体を整えようぜ。去年に比べると、若干、暑さはまだ緩いが、油断はならないぞ。台風や地震もこのところ続いているしな。
 前回、6月に鬼籍に入られた方々のことを話題にしたが、また、一人、「昭和の巨星落つ」と言える人が亡くなった。美輪明宏さんだよな。享年91歳。早ぇよ。残念だな。6月20日に亡くなったということだが、最後は「ありがとう」という一言を残して旅立ち、近親者の皆さんだけで荼毘に付したとのことだ。美輪さんらしい潔さだよ。品性と誇りの塊のような人だったな。でも威張るようなところは一切なく、愛に満ちた人だった。以前、美輪さんがオレに対して言ってくれた言葉に「マムシさんは毒を吐いても品性があるから大丈夫よ」というのがあった。嬉しい言葉だったことを思い出すな。かえすがえすも残念だが、あちらからこっちを見守っていてください。心よりお悔やみ申し上げます。 
 長崎で被爆した美輪さんのつながりで言うと、戦禍を語れる人が亡くなると、戦争の記憶を風化させてはいけないという思いがさらに強くなるな。6月23日は『沖縄慰霊の日』だったよ。戦禍にまみれた沖縄戦の記憶も絶対に忘れてはならない。8月は、広島、長崎、敗戦記念日といろいろ語られるが6月も語り継がないとな。語れる人は語り、若い人々はその記憶を受け継いでいって欲しいぜ。

 6月最終金曜日の『ミュージックプレゼント』は、JR埼京線・浮間舟渡にある『粋肴 しま田』という居酒屋にお邪魔したぞ。瀟洒な作りで清潔感にあふれ、居心地がよくて居座りたくなるような、まさに“居酒屋”だ。赤坂にあってもおかしくねぇようなお店だったよ。
 切り盛りするのは、地元生まれの嶋田龍三さんとその奥さん・美穂さんだ。
 先代から数えると創業62年というこの店は、昭和39年の開業から8年後この地に移ってきて5年前にリニューアルしたという。上を住居にしているんだけど、これがオシャレな建物なんだよ。
 先代は北赤羽の『大衆食堂酒場しま田』を開業したんだが、52歳で他界。その後切り盛りしていたのが、この日の主役、先代のおかみさんであるお母さんのヒロさん・93歳だ。85歳まで店に立っていたという。今は、デイサービスに通いながら、上の住居に家族みんなで住んでいるという理想的な暮らしだ。この日は、美穂さんのご両親も浦和から駆けつけ、孫娘二人も参加してくれて賑やかになった。昔からの常連客で今も毎日通うという内田さんも来てくれたぞ。
 ヒロさん、面白れぇんだよ。オレがいつも通りあれこれ昔のことを聞くんだけど、ことごとく忘れてんだよ、ハハハ。オレの名前もなかなか覚えねぇ。「ろくなむしさん」なんて言いやがった、ハハハ。でもね、飲んべぇだったおとっつぁんのことや若い頃の話、実家の栃木で東京大空襲の真っ赤な空を見たことなど、徐々に記憶を呼び戻していたよ。こんなふうに対話でいろんなエピソードを引き出すことが年寄りにとっては大切なんだよね。人にはさまざまな歴史があるんだからな。これからも家族仲良く暮らして人生を謳歌してくれよ。
 そうそう、この店、”粋肴”というくらいで、生まぐろの赤身をはじめ新鮮な魚介類ほか、龍三さんが腕を振るった逸品に出会えるからな。
  
 さて7月だ。前回、ある雑誌のインタビューで、談志とその師匠だった柳家小さん師匠との話をしたと言ったのは、7月10日発売の『文藝春秋』なんだ。いろいろと行き違いのあった二人だったが、本当の父子のように奥深くで繋がっていたんだと思うよ。まぁ、その辺りをオレなりに語っているからな。ぜひじっくり読んでくれ!
 さて、7月の『マムちゃんねる』は、元・落語協会会長を最年少で務め、今は同協会顧問である柳亭市馬師匠だ。市馬ちゃんも小さん師匠の弟子だからな。そんな市馬ちゃんは落語家としての華々しいキャリアのみならず、日本歌手協会会員でもあり、歌も絶品なんだよ。昭和歌謡への造詣も深いから、その辺りの話をたっぷり楽しむことができるぞ。5月の『マムちゃんねる』に出てくれた尾藤イサオちゃんとも懇意なんだ。ぜひ見てくれよ。
 それから、『アサヒ芸能』の新連載『毒蝮三太夫『卒寿のマムシ酒』』、エフエム世田谷の『ツナグワラジオ』の新コーナー『マムちゃんの人生劇場』もよろしくな。
 7月以降も、いろいろとあるからな! 楽しみにしてくれ! じゃあ、またな!


 

(構成・伊波達也)

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